基礎編③~認知症状態を起こしやすい脳機能低下~
認知症状態は、あくまで、脳の機能の一部が低下した結果にすぎません。
大部分の脳機能が低下して正常な機能は残存機能である、という人もいますが、それは逆で、大半の脳機能は正常です。残存機能ではなく、正常機能ですので間違えないようにしてください。
認知症状態は脳機能が低下したら必ずなるものではありません。
以下のような脳の機能低下があっても、適切な援助や生活改善指導(リハビリ)を行えば、認知症状態にはならないか、なっても軽く、介護者や家族が大して困らない状態にすることもできます。
認知症状態になるかならないかは、介護者と協力しながら適切な治療を行えるかどうかにかかっています。
ピック病、脳梗塞、脳損傷などで前頭葉機能が強く低下すると、認知機能障害よりも社会的行動障害が重要になります。
その結果としての生活上のトラブルは、我が国で言う「認知症」とは区別されるべきで、「行動異常状態」「行動障害状態」とする方が実際の状態をより正しく説明できます。
介護する側も、症状を正しく理解することができ、治療を良いものにすることができます。こういうこともしっかり診断してもらう必要があります。
たかが「認知症」なのに(こんな言い方こそ問題なのですが、医療関係者や福祉従事者にむしろ多いかもしれません)、なんでこんなことを詳しく知る必要があるのかと反論する人達も少なくありませんが、次のような理由から少しでも脳機能を理解するべきでしょう。
① 認知症状態は脳の機能低下が原因になっているのに、その方の脳の機能低下がどういうものであるのかを知らないと、正しい治療はできません(例えば、心臓の状態が悪い患者さんを治療するのに低下している心機能がなんであるかを知らずに治療することはできないはずです)。
② 脳の一部の機能低下をしている人が、どのように周囲の世界を、体験し、理解しているか知らずに、その人のつらさや苦しさを理解することはできません。もちろん、どういう手助けが有効なのかも見つけられません。
③ 先に述べた、脳機能低下による症状と、心理的問題による症状との区別ができませんから、とても大雑把で適当な介護や治療になってしまう可能性があります。
④ そして、何よりも、"低下しているのは一部の脳機能なのだ"ということを良く理解し、大半の正常な機能がなんであるか(病気によって全く異なります)を正しく理解することが、その方の生活の改善にとても役に立つからです。
随分と難しいことを知らないといけないかのように思われるかもしれませんが、患者さんを日々見ていれば、むしろ、納得できることばかりだと思います。実際、日々、真剣に介護なさっている方ほど、よく理解してくださいます。
認知症状態を引き起こしやすい脳機能低下と、それに関連する症状
① 記憶力の低下
"記憶できていない"のか、"思い出せないだけ"なのかは区別できません。記憶できているのかどうかは、思い出してもらわないと分からないので、どちらとも決められないからです。ここでは、思い出せないのだと考えて、そのように説明していきます。
記憶の働きには非常に沢山の種類があります。記憶は消えていくのではないですし、ある脳の場所ですべての記憶をためているわけではありません。
一つの出来事の記憶でも、場所のイメージ、人の表情や動作、時間経過、臭いなど様々な要素を持っています(名前や数字を覚えることとは全く違います)。
それを脳の一部の場所で蓄えると考えることはあまりに非現実的です。脳の様々の場所から必要な要素を引き出してくる作業が記憶であると私は考えています。
そう考えると、実際の臨床では理解しやすいし、有効な治療方法も見つけやすいからです。
- 出来事記憶の低下
最近起こったこと、自分のしたことや言ったことを思い出せない。
- 空間構成記憶の低下
今いる場所、いつもいる場所、大事なことのあった場所がどんな形をしているのかを思い出せなくなる。
- 約束・予定記憶の低下
どういう内容の約束や予定をしたかを思い出せなくなる。
- 道順記憶の低下
たった今どのように歩いてきたが、道順を思い出せなくなる。
- 作業記憶の低下
今していることは何のためにしているのかを思い出せなくなる。
- 手続き記憶の低下
新しい機械や電化製品の使い方、新しく変わった仕事の手順や決まり事など、今まで記憶してきたことと違うやり方を覚えて思い出すことができなくなる。
- 動作記憶の低下
体に染みついた体の動かし方、仕事や問題の処理の仕方の強く刻まれた記憶です。昔取った杵柄とか、年の功とか、ベテランの知恵とか言われるものです。変性疾患で脳機能の低下がかなり広範囲に及ぶようになっても、低下しにくい記憶です。
それぞれの人で内容は異なり、その人なりの個性となっています。他の色々な記憶の力が低下しても、この記憶の力で生活の混乱を防ぐことができて、その人らしい生活を営めます。
それがどういうものか、一人一人、その人の人生や個性として見つけ出していくことが、生活の改善のための基本となります。しっかりと診断してもらってください。
- 失行(道具の使用の記憶の低下など)
使い慣れた道具や電化製品の使い方を思い出せなくなる。
- 場面の記憶
出来事がどんな場所でどんな風に起こったかの記憶。
- 感情の記憶
嬉しかった、楽しかった、悲しかった、怖かった・・など起こった感情の記憶。
- 生活の流れの記憶
自分の生活がどのような流れで動いているかの記憶。
② 遂行機能の低下障害
複数の作業を続けて、最終的に、一つの目的を達成させる。そのために必要な脳機能で、いくつかの要素があって、そのどれかまたは全部ができなくなっている。(例:入浴)
- 目的の記憶
最終的な目的がなんであったかを思い出せる(風呂に入って体を洗う・温まる)
- 作業記憶
今何をやっているか解っている(風呂に入るために衣服を脱いでいる)
- 手順の記憶
次に何をするかを思い出す(衣服を脱いで次に浴室に入ることを実行できる)
- 評価機能
一つの作業は完成したのか、次の作業に進んで良いのか判断できる
(体はきちんと洗った、湯船には充分つかった、髪はちゃんと洗った・・など)
目的が達成できたかを判断する(体はきちんと洗えたか、温まったか・・など)。
③ 視空間認知能力の低下
周囲の物の形や配置、方向を正しく認識して、その中で問題なく行動できていたのに、それができなくなる。
- 建物、家や広場の形をきちんと理解していない。
- 色々な物がどのように配置されているかつかみ取れていない。
- どの方向には何があるのか解らなくなっている。
"道迷い"や幻視の原因になると考えられます。
④ 言語機能の低下
言われた言葉や文章の意味を理解できることや、言いたいことを言葉や文章できちんと伝えることができる機能が低下している。
日常生活を円滑に営む上で非常に重要な脳の機能です。
⑤ 意図的運動機能の低下
たとえ麻痺、筋力低下、震えや硬直などの運動障害があっても、自分が思ったように体を動かそうとすることのできる能力が低下していることです。
- 随意眼球運動・追試運動
見たいところに目を動かしたり、意図的に動く物を追視したりできなくなる。
- 自らの意志や、必要な指示に従って体を動かすことができなくなる。
- 必要な動作を直ちに開始することができなくなる。
⑥ 社会的行動機能の低下
- 周囲の状況にあった適切な行動を行うことができなくなる
- 自分勝手な行動を抑えられない。
- 自分の欲求にまかせた行動ばかりする。
- 社会的ルールやマナーを無視した行動ばかりして気にしない。
⑦ 感情表現機能の低下
- その社会の文化に適応した感情の適切な表現ができなくなる。
- その場の雰囲気にあった感情表現を選べない。
- 意味もなく激しい、自分勝手な感情の爆発をみせる。
⑧ 欲求コントロール機能の低下
私たちは日頃、人との集団生活や社会生活を営む時、たとえ二人きりの夫婦生活であっても、自分の欲求を通して良い時といけない時との区別をわきまえて、自分の欲求をコントロールしています。それがうまくできなることです。
⑨ 運動機能の低下
運動機能の低下は、多くは、元の病気を診断する重要な症状となりますし、変性疾患の中には、最初のころから以下のような運動機能低下による症状が見られることが少なくありません。
運動機能が低下して行動が制限されると、当然のことですが、認知機能自体も低下していきます。
私たちの認知機能は、私たちがより良い状態でいられるように体を動かすために働きます。
どんなに体が動かしにくくなっても、いろいろな治療や支えによって、少しでも動きやすくしてあげる必要があります。
そのためにも、運動機能の低下があるかもしれないということを、いつも念頭に入れ置く必要があります。
- 麻痺
比較的大きな脳血管障害により、起こる症状です。
- パーキンソン病性運動障害
体全体の動きが遅く、ぎこちなくなったり、体を動かしていないのに細かく震えたり、歩く姿勢が前かがみになって小刻みにゆっくりしか動けなくなります。
この運動障害は、多くの脳の変性疾患で見られるもので、どの病気であるか、どこまで進行した状態なのかの診断と、治療方法を選ぶ時に、見逃してはいけない重要な症状です。
しっかりと診断してもらう必要があります。
- 不随意運動
パーキンソンにみられる"ふるえ"以外に、自分の意志と関係なく体が勝手に動く症状です。
いくつかの脳の変性疾患や特殊な部位の脳血管障害や腫瘍などで見られます。
いずれの症状も、精神的緊張やストレスがあると強くなります。
そのため精神疾患と診断されて、有効な治療やリハビリがなされないままになることも少なくありません。
しっかりと診断してもらうことが大切です。
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